毎日残業で22時帰宅だったエンジニアが、すき間時間だけ活用してTOEIC825点を獲得。アメリカ駐在員タピオカの自己紹介。

海外赴任におすすめ英会話スクール

英会話スクールがたくさんあって、どこがいいのか分からない。オンライン英会話って効果あるのだろうか?そんな疑問に全力で答えました。

こんにちは!
タピオカ ( @Tapioka_TT ) in California駐在 です。

誰だよ!となると思うので、自己紹介をさせて頂きます。

妻とむすめです↓

わたしは、
アメリカに駐在する、39歳サラリーマンです。
バイリンガルとして、
日本とアメリカを股にかけた仕事をしています。

「得意な英語を活かして、グローバルに活躍したい」

という志のもと、
英語と異文化に対する知識を磨いてき、海外駐在するに至りました。

TOEIC に特化した勉強は全くしていなかったですが、
点数は825点になりました。

と、偉そうなことを言っていますが、
ここまでの道のりは平たんではありませんでした。

箇条書きで自己紹介をしてみます。
・1979年 兵庫県 西宮市生まれ、長野の理系大学に入学
・そこそこ有名な企業に入社
・仕事が忙しく、毎日22時帰宅で泣きそうになる。
・日々のすき間時間だけを使って、TOEICで825点を達成する
・ベッド、トイレ、リビングにそれぞれ、英語の参考書を置いている

などなど・・・。

↓TOEICの結果です↓

今でこそ、
英語でネイティブとも対等に仕事をしているタピオカですが、英語の勉強は嫌いだったんです。

でも、
英語に対する”憧れ”は、なぜかずっと持っていました。

英語は好きだけど、勉強は好きではない
意味わかんないですよね。

大学の入試も英語を使わないところを選んだくらいです。

大学に入っても、
英語に対する憧れはなくなりませんでした。

海外に行けば英語が話せるようになる、という浅はかな考えのもと、
オーストラリアにワーホリで行った経験もあります。

半年くらいの留学では話せる様にはなりませんでした(笑)

・話しかけられると、頭の中が真っ白になりました。
・ネイティブに早口でまくし立てられると、何も理解できない、話せない…。(これ以上、話しかけないでくれ、という心境)
・ネイティブが近づいてくると、話しかけられない様に目線を反らしたりしました。

英語を話せる人がうらやましくて
見下されてるんじゃないか、みたいな気持ちになったこともあります。

言い返せなかった自分をいつまでも、引きずって、ネチネチ悔やんでしまうんです。(典型的な、理系、A型な性格ですね)

今、考えると、
消し去りたくなる様な、恥ずかしい過去です。

そもそも、
日本語ですら無口なほうで、人見知りなタイプなのに、英語で積極的に話すなんて、不可能なんじゃないか、そんな言い訳ばかりしていました。

悩みすぎて、胃が痛くなることも、よくありました。

 

しかし私は、
英語が好きだったんです。

 

英語で誰かとつながりたい、
という一心で、幼稚な英語ながら、少しづつ「英語を声に出していきました」

 

「英語は耳から始まる」

これは、
語学学校の先生が教えてくれた言葉。

耳で聞けない言葉は、絶対に口から発することができない。

まずは、
しっかり聞きなさい、という教えです。

それから、
必死に英語のリスニングをする日々。

携帯ラジオを購入し、
ずっと聞きながら歩いていました。

下手でもいいから、
幼稚な英語でもいいから、
少しづつ英語を口に出していきました。

少しづつ友達が増えた頃、
英語が楽しいかも、と感じるようになったのです。

わたしの中で、英語の定義が変わった瞬間です。

「試験のための勉強」から「自分のための勉強」に変わりました

英語って、何か楽しいなぁ

英語を話せると、世界中に20億人も友達が作れるんだ!

そんな単純思考でした。(笑)

決して上手ではなかった。
幼稚な英語で、出来たとしても簡単な会話くらい。

でも、
「英語は楽しい」と思ったんです。

これから、もっともっと上手になりたい。
そんな風に思えたのです。

日本に帰国し、就職した後も、英語の勉強をつづけました。

しかし、
エンジニアという職業上、とても忙しい日々が続きます。

毎晩、22時を超えて仕事。
帰ったら、娘は寝ているし、毎朝、娘が起きる前に出社していました。

悲しくてしょうがない時もありました。
何のために仕事をしているんだろう。。。
家族に会えない日々なんで、意味があるのだろうか。

会社を辞めて、
とりあえず、アメリカにでも行ってみようか?そんな、馬鹿みたいなことを、本気で考えていた時期もありました。

今考えたら、馬鹿ですねぇ。
先のことを、何にも考えてなかったですね。

おっと、
話がそれましたが、

英語が好きだったので、勉強は続けました。

そんな中、英語の勉強に活用したのが、

すき間時間、でした。

どれだけ忙しい毎日でも、5分、10分のすき間時間はたくさんあることに気付いたのです。

それから、全てのすき間時間を英語の勉強にあてました。

  • 朝起きて、SNSを見るのをやめて、リスニングをした
  • お昼休み、ネットサーフィンをやめて、英語のアプリで勉強した
  • お風呂の中で、独り言を言ってみた。

英語の勉強は、生活のすき間時間でしかしていません。机に向かっての勉強は、高校以来していません(笑)

そして、
ようやく英語が話せる様になったのです。

TOEICも825点を取ることができました。

今では、
完全に英語を自分のものにし、
気持ちを伝える英語が出てこない、ということは、ほぼ無いです。

ビジネスレベルの英会話で、
ネイティブに交じって仕事をしています。

仕事が出来るフィールドが、
日本から世界へ広がり、
自分は世界中どこへ行っても活躍できる、
そんな希望に満ちた気分です。

そんなある日、
ふと思ってんです。

英語で話している方が、日本語で話しているより楽しいということを。

そして、
同時に気が付きました。

自分の性格も変わってる…。

典型的な理系で、内向的な性格、自分の意見も言えない。はっきり言って、人見知りでした。

こんなけ、ダメダメな大学生だったのに、

気が付くと「新しい性格」に変わっていたんです。

英語って不思議で、勉強しながら、
新しい性格が自分の中に入ってきたんですね。

 

これか、、、。

自分がなぜ、こんなに英語が好きか、分かった瞬間でした。

英語を勉強することで、新しい自分に生まれ変われるんだ…。

海外赴任にも選ばれ、
「人生」が大きく変わりました。

いま、本当に幸せです。

これからも、
グローバルビジネスマンとして、より一層英語を磨いていきたいです。

 

このブログによって、
1人でもいいから英語の素晴らしさを伝えられ、英語を好きになってもらったり、英語が話せるようになれば、わたしにとって、これ以上に嬉しいことはありません。

 

わたしには大事にしている言葉があります。
「人生やったもん勝ち」

これは、
小学校の時、兄が教えてくれた言葉。

当時、
スーパーマリオというゲームがはやっていました。
1面のボス(クッパですね)を倒した、
ごほうびに500円と手紙をくれました。

その手紙に書いてあったのがこの言葉。

何でも経験した人間の方が、
強い、ということ。

人間は、経験によって成長するのです。

悩んでいるヒマがあったら、
とりあえずやってみなさい、ということです。

 

このブログでは、

  • アメリカ駐在を楽しく過ごす方法
  • ビジネスで使える英語表現
  • 英語を勉強する方法

等を書いていきます。

出来るだけ分かりやすく書くことを意識していきますので、
ぜひ、興味のある記事から読んで頂ければ嬉しいです。

そして、記事を読むなかで、
わたしの過去を共有しておくと、ブログの内容を理解しやすくなります。

なので、
今からわたしの過去の物語をかんたんに紹介しようと思います。

 

~~~~~物語はじまり~~~~~

わたしは小学校から大学まで、
いわゆる安定組、
という生き方をしてきました。

リスクを取るのが嫌いなんですね。
常に、バックアップばかり考えてしまう。

今、考えるとほんまにダサいです。

 

小学生~いじめっ子といじめられっ子の両方を経験

わたしは、
小学生の頃いじめっ子でした。
友達のおもちゃを砂場に隠したり、
耳元で大声で叫んだり、
ドッジボールでもめて、
友達をたたいたりしまいた。

友達の自転車にコンクリートブロックをいれて、
カゴを壊したこともあります。
(最低ですね)

面白ければ何でもOK、
という思考があったのでしょう。
たちの悪い関西人です。(笑)

母親と一緒に友達の家に、
あやまりに行ったことも多数。
本当に手のかかるこどもだったと思います。

自分が親になってから、
よりその気持ちがわかります。
心配と苦労をいっぱいかけました。

いま考えると、
親に申し訳ない気分ですね。

小学校のタピオカは、
少し変わってたかもしれません。

小学校の卒業文集に、こんなことが書いていました。

「5年生は楽しかったのに、
6年生でクラス替えがあった。
クラス替えを考えた人が憎い。
わら人形でもつくってやりたいです」

いま見返すと怖いですよね。苦笑
なんで、そんなことを書いたのか、
今でもわかりません。

こんな思考でいたバチが当たったのか、
6年生ではいじめられるはめになりました。

小学生なのに妙に背の高いヤツいるじゃないですか。
ヤツと目が合うと、
なぜか追いかけてくるんです。

つかまると、
コブラツイストをかけられる。
全くもって、意味不明。

ほんとに泣きそうでした。

まあ、
いま考えると自分がしてきたことが
帰ってきただけなんですね。

人生そんなもんです。
後ろ向きな気持ちはだめですね。
常に前向きでいたいものです。

 

おっと、
少し話がそれましたが、(笑)

6年生の頃は、
早く中学生になりたい、
そんなことばかり考えていました。

無駄に期待をするといいことは待っていないとも知らずに。

 

中学生~モテ期&ヤンキーと遊び学力低下

中学時代の学力は中の下くらいでした。
その理由は、
途中、悪い友達と遊んでたからです。

いわゆる、「ヤンキー」ってやつですね。

あと、モテ期も重なって、
当時のタピオカは調子にのっていたと思います。

女の子と自転車で二人乗りデートをしたり、
日々、わくわくの中学校生活を送ります。

もちろん、学力も伸びるはずもなく、
高校もいけるのか、怪しいくらい。

親を泣かせることもありました。
本当に親不孝な中学生時代でしたね。

思春期というのは、
何かと不安定なものなのです。

道を踏み外し過ぎず、
なんとか留まりました。

そんななか、
勉強を始めた英語だけは、楽しいと感じていました。
「筆記体」という書き方に、
新鮮な楽しさを感じたんですね。

ぎりぎりでしたが、
家の近くの市立高校に合格しました。

 

高校~勉学に励む

高校では、中学から一転、勉強をし始めました。

しかし、
それは自発的は理由ではなく、
「兄が勉強していたから」
だったと記憶しています。

目標は大学にいくこと。
他に理由はありませんでした。

というのも、
周りが同じように大学を目指していたので、それが当たり前だと感じていたのでしょう。

学力は向上し、
そこそこの大学を狙えるくらいまでになりました。

勉強って、
やはり、自発的にやるもんですね。
人にやりなさい、
と言われても、
間違いなく効率が悪いです。

こどもに勉強させたかったら、
やりなさいと言わないこと。
東大に合格するこどもの親は、
皆さん、そうしてるみたいです。

 

おっとっと、
また話がそれまくりですね。

高校で学力が上がってきたタピオカは、
調子に乗ってたわけですが、
またまた、どん底にたたき落されます。

センター試験で大失敗。
目標校も狙えないくらいの点数でした。

はっきり覚えていませんが、
国語が90点(200点満点中)だったのは鮮明に覚えています。(笑)

しかたなく、
目標校を変更します。
目指すことに決めたのは、長野の大学。

理由は、
「スキーがしたいから」
しょぼい理由ですよね。

それでも試験に合格し、
大学生活がはじまります。

当時のわたしには、
大学に行って、
普通の会社に就職する、
という選択肢しか頭になかったと思います。

 

大学時代~バイクで日本中を走りまわる

18歳で長野の大学へ行き
自然の素晴らしさを知りました。

原付で兵庫県まで帰省したとき、

地球は繋がっているんだ。
道はつながっているんだ。
と感動したのは、
今でも鮮明に覚えています。

楽しい先輩と出会い、
バイクの楽しさを教えてもらいました。

親の反対を押し切って、
免許を取得
(バイクを購入後に事後報告だったため、
しばらく口をきいてもらえず)

日本各地をツーリングしてまわりました。
旅は寝る場所さえあればどこでも寝るワイルドスタイル。
時には公園のベンチで雨の中寝たことも…。

スズキGSX1400で鹿児島の指宿山をバックに写真

北は北海道から鹿児島の最南端までバイクで走りまわりました。

スズキGSX1400で北海道のびふか高原へ

暴走族が、
テントの周りをグルグル走り、
眠れない夜を過ごしたこともあります…。

とにかく、
楽しく過ごす、がモットーな大学生でした。
はっきり言って、
物事を深く考えることは、
全くなかったですね。

いま考えると、
もっと勉強しとけばよかったなぁ、
って、感じます。

 

大学を休学~ワーキングホリデーでオーストラリアへ空手留学

21歳 大学4年生で休学し
空手修行のためにオーストラリアに留学をします。
目的は英語の勉強と空手の修行。

当時あこがれていた、
空手家の師範がオーストラリア人でした。

英語はなかなか上達しなかったですが、
英語を話せたら20億人の友達ができるんじゃないか?
と発見し英語の楽しさにのめり込みました。

オーストラリアでは、
積極的に異文化と触れ合う体験をしました。

セントラルオーストラリアを、
バックパック一つで回りました。
アボリジニの聖地エアーズロックから見た、
カタジュタの絶景は、
言葉では言い表せない感動でした。

360°の水平線は、
今でもまぶたの裏に鮮明にに焼き付いています。

「ワーホリに行けば、英語が話せる様になる」
そんな淡い期待をしていたのですが、
まったく違いました。

日常会話くらいは出来るようになりました。
しかし、
ネイティブレベルからは、程遠い…。
ほんとうに、絶望的でした。

どうやったら、
英語を話せる様になるんだろう…。
そんな気分でした。

英語が話せる様になる方法を探し続けました。

 

会社員~何となく就職する

23歳でサラリーマンになりました。
就職してからもバックパッカーとして、
ニューヨーク、
ナイアガラ、
ロサンゼルスなど、
世界各地を旅しました。

グランドキャニオンをバックに記念撮影

ロサンゼルスのバックパッカーで、
ホモのおっさんに迫られた時は本気で焦りました。(笑)

ヨーロッパ屈指の名峰マッターホルン

ヨーロッパにて、
電車乗り放題チケットを購入し一人旅。
歴史のあるアイガー氷河に感動。

インド10日間一人旅では、
ぼったくり旅行会社に捕まり大金を払うはめに
等々、

今まで何か国訪れたかは、分かりません。

その度に、
もっと英語が話せればなぁ、
と感じていました。

仕事は充実していました。
しかし、
いま考えると、
「自分としっかり向き合っていなかっただけ」
だったのかもしれません。

入社5年目くらいの時、
現状に不満を感じ、アメリカに行きたい、
となぜか感じる様になりました。

とりあえず、
会社を辞めてアメリカに行けば、
何かしらの出会いがあり、
人生変わるのでは?
みたいな思考をしたことがあります。

今考えると、浅はかでしたねぇ。
ほんとに、バカだわ。
根が心配性なタピオカ、
会社を辞めることなんて出来るはずもなく、

こんな感じで、
気が付くと会社員として、
10年以上の月日が流れます。

 

ギックリ腰になって出会った新しい世界

そんな中、
人生を変えてくれる出来事が起こります。

「ギックリ腰」です。

朝、布団を片付けようとして、
かがんだ時のこと、

ブチッ!!
という鈍い音がしました。
え、何?何?
最初は訳が分かりませんでした。

よりによって、
その日は、幼稚園の娘の誕生会の日。

マジか…。

何をしても痛い、動けない、
さらに追い打ちをかけるように、
トイレに行きたくなる。
しかも、大きい方。
トイレまで距離は5メートル。
到達するのに10分はかかったと思います。

そこからの、5日間会社を休みました。
悲惨だった…。

ベッドとトイレを腹ばいで往復する日々。
体重が7キロ落ちた。

必死にインターネットで、
ギックリ腰を治す方法を検索しまいした。

そこで出会ったのが、
ブログという存在。
個人が情報を発信できることを知りました。

ひと昔であれば、
情報発信するには、
・テレビ
・ラジオ
・新聞
といった媒体を使う必要があります。

しかし、
インターネットのおかげで、
たった1人の人間であっても、
世界へ向けて情報を発信できるのです。

ブログで情報を発信することで、

誰かの役に立てるのではないか?
そんな気持ちでブログを始めることとしました。

知識ゼロ、
人脈ゼロ、
38歳からの出発。

わたしが、
ブログのおかげでギックリ腰から立ち直れた様に、
英語で悩んでいる人の役に立てれば、
これ以上に嬉しいことはないです。

何でも、
とりあえず挑戦してみる。
日々、そんな気持ちです。

 

~~~~~物語おわり~~~~~

幸せの定義はひとそれぞれ

幸せの定義って、
ほんとうに、ひとそれぞれだと思います。

どんなけ、金持ちになっても、
美人な奥さんと結婚しても、
豪華な家に住んでも、
現状に感謝できないと、
不幸なのです。

現状に感謝できるひとは、
幸せを見つけるのが上手い人です。
逆に、
不満が多い人は、
常に幸せを見つけるのが下手なひとです。

わたしは、
自分自身と向き合うことから逃げず、
自分にとっての幸せは何か?
を考え抜きました。

「家族といること」
「地球を見ること」
これが、わたしにとっての幸せです。

「やったもん勝ち」
わたしがこれを掲げた背景としては、
自分の価値を向上させたい。
そのためには、
何でもやってみる必要があります。

自分の価値を向上させ、
幸福度を向上させるには、
何でも、やってみる、ということです。

一歩踏み出して、人生変えようぜ!
ということですね。

 

改めて、「英語は耳から始まる」のおさらい

物語を最後までお読みいただき、
ありがとうございました!

わたしのブログでは、
「英語は耳から始まる」
というコンセプトをベースに読んで頂ければ、理解しやすいかと思います。

人は行動しない理由を探します。
それを打破するには、
一歩踏み出すしかないのです。

「行動」が全てを変えるのです。

わたしのブログでは、
今の生活を変えないままで、
海外赴任に必要なレベルのビジネス英会話を、最短で習得する方法について、発信しております。

以上です。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。


【記事を書いた人】

カリフォルニアに駐在する会社員 / TOEIC 825点 / 英会話教室を15年続けた経験を基に、本当におすすめのマンツーマン英会話を紹介しています。

「アメリカ駐在を不安なく、いかに楽しく過ごすか」がモットー / 理系国立大学を卒業 / 製造業エンジニア




短期間で日常会話を習得したい

英会話スクールって、どこがいいのか分からない…。通常スクールとオンライン英会話どっちがいいの?そんな疑問に、アメリカ駐在員でTOEIC800点越えの僕が答えます!アメリカ駐在におすすめ英会話スクールをすべてまとめました(^^)


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